アガリクスが日本にやって来たのは、1965年(昭和40年)のこと。もともとアガリクスは、ブラジルのサンパウロ市郊外にある、ピエダーテ山地という、標高900メートルもある高地に自生していました。今ではアガリクスの聖地ともされているピエダーテで、成人病の人がとても少ないとくことが注目をあび、アメリカで研究が進められるようになっていた頃で、当時はアメリカでもキノコの薬効が注目されるようになっていました。研究を始めたのは、ペンシルバニア州立大学のW.J.シンデン教授と、ランバート研究所のE.B.ランバート博士。
日本でも、三重大学教授だった岩出亥之助博士によって岩出菌研究所が、ちょうどその2年前の1963年に設立されたばかりでした。そこへ、ピエダーテで農園を営んでいた古本隆寿氏が、日本に紹介しようと、種菌を入れた試験管を送ったのです。当時はどんな種類の何というキノコかまったくわからなかったのですが、研究が進められるうち、やがて、ハラタケ科ハラタケ属の、学名「アガリクス・ブラゼイ・ムリル」であることが、キノコ研究の第一任者であるベルギーのハイネマン博士によって鑑定されたのです。
1977年には霊芝と同じサルノコシカケ科のカワラタケを原料とする初めての抗がん剤「クレスチン」が発売され、キノコの研究に期待が集まるなか、1980年3月、第54回日本薬理学総会で、「Agaricus抽出マンナン画分の抗腫瘍性と生物活性」という研究発表が、三重大学医学部の伊藤均助教授と志村圭志郎助教授らによって行われました。また、第39回日本癌学会総会では、両名に病理学の成瀬千助助教授も加わり、マウスの腹水癌にも効果があったと発表されました。
様々な癌治療の研究がすすめられ、不治の病だった癌が治るかもしれないと人々の心に希望が芽生え始めたころ、ブラジルから来た小さなキノコに期待が高まったのです。